東京高等裁判所 昭和61年(ネ)2540号・昭61年(ネ)2507号・昭61年(ネ)2439号・昭61年(ネ)2527号 判決
主文
本件各控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
理由
第一本件建物関係(控訴人大倉関係)
一 請求原因1(一)の事実のうち、昭和五五年一〇月一五日ころに本件建物が新築されたことは、当事者間に争いがない。
原審証人戊野I介の証言及び原審における原告E郎本人尋問の結果によると、本件建物は、E郎が建築費用を負担して建築したものであり、E郎の所有に属することが認められる。
もっとも、本件建物については、昭和五五年八月一日付けで被控訴人I介名義の保存登記が経由されているが、原審証人戊野I介の証言によると、右保存登記は、E郎の長男で有限会社沢田土木を経営していた被控訴人I介が、多額の営業上の債務を負担し、本件建物を勝手に売却して資金繰りをするために、E郎に無断でしたものと認められるから、被控訴人I介の保存登記が経由されている事実をもって右認定事実を左右することはできない。
二 請求原因1(二)及び4の各事実は、当事者間に争いがない。
三 以上によると、本件建物についての被控訴人らの控訴人大倉に対する所有権移転登記の抹消登記請求は理由がある。
第二第一土地関係(控訴人ケイ・ワイ通商、控訴人乙川及び控訴人組合関係)
一 請求原因2(一)及び(二)並びに4の各事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、抗弁1(一)(本件売買契約の成立)について検討する。
1 E郎と控訴人ケイ・ワイ通商との間で第一土地等四筆の土地を代金一億五〇〇〇万円で売買する旨のE郎名義の署名及び同人の実印による印影のある昭和五五年五月二〇日付け売買契約書(乙第一四号証。以下「本件売買契約書」という。)が提出されている。
また、甲第一ないし第一二号証、第一三号証の一ないし一〇、第二一号証、原審証人戊野I介、同戊野G江、同寅葉R夫、原審及び当審証人卯波S雄並びに当審証人辰口T郎の各証言によると、(一) 被控訴人I介は、沢田土木の営業のためにE郎所有地に抵当権を設定して金融業者である有限会社神楽商会等から借りた七〇〇〇万円近くの債務を返済するための資金等を必要としていたところ、かつてE郎所有の土地の売買を仲介したことのあった辰口を通じて控訴人ケイ・ワイ通商の代表者の甲山及びその相談役的立場にある卯波を知り、昭和五五年五月一六日ころ、E郎の実印を所持して新宿区内の卯波の事務所に赴き、E郎名義でもって控訴人ケイ・ワイ通商との間の合意契約書(甲第二一号証。以下「本件合意契約書」という。)の作成に応じ、これに自らも連帯保証人として署名押印したこと、(二) 本件合意契約書の基本的な内容は、(1) E郎が、その所有する第一土地等四筆の土地並びに二〇〇番三四、同番三五及び二〇一番二の合計七筆の土地を、控訴人ケイ・ワイ通商が金融機関その他から金員を借り受ける際の担保として利用することを目的として同控訴人又はその指定する第三者に移転し、同控訴人が他から借り受ける金員のうち、右七筆の土地につき設定されている抵当債務の弁済に要する資金及び戊野側で使用する一億円を同控訴人からE郎が更に借り受け、同控訴人は他から借り受ける金員のうち五〇〇〇万円を自ら使用する、(2) 同控訴人のE郎に対する貸付は、昭和五五年五月二〇日に行い、利息を年一二パーセント、弁済期を同年八月二〇日とする(ただし、双方協議のうえ一年間猶予することができる。)、というものであったこと、(三) 第一土地等四筆の土地並びに一九八番一六及び同番一七の合計六筆の土地について、昭和五五年五月二〇日の売買を原因として同年九月六日に控訴人ケイ・ワイ通商に対して所有権移転登記がされており、その登記申請は寅葉R夫司法書士が代理して行ったものであるが、E郎は、同年九月五日に三女G江とともに同司法書士事務所に赴き、右移転登記申請についての委任状(甲第一三号証の二)に署名押印していること、以上の各事実が認められる。
2 しかしながら、以下に述べる点を考慮すると、右認定事実のみから本件売買契約の成立を認めることはできないものというべきである。
(一) まず、被控訴人I介が作成に応じている本件合意契約書の点であるが、その契約内容は、本件売買契約の内容とは全く異なるものであって、両者の関係も明確ではない。本件合意契約書が五月一六日に作成された四日後に契約内容の全く異なる本件売買契約書が作成されたことになるのであるが、その間の経緯については、本件で主導的役割を演じた原審及び当審証人卯波S雄の供述によっても何ら首肯し得るものが認められない。
のみならず、本件合意契約書の内容は、右のとおり、控訴人ケイ・ワイ通商にとっては、ただ融資元を見つけるだけで五〇〇〇万円を取得し、逆にE郎にとっては一億七〇〇〇万円近く(抵当債務の弁済資金七〇〇〇万円近く及び自己使用分一億円)の融通を受ける代わりに第一土地を含む七筆の土地の所有名義及び処分を控訴人ケイ・ワイ通商側にゆだねるものであって、しかも、弁論の全趣旨によると、当時の戊野家の経済状態からは右融通分を返済できる見込みは皆無であり、結局、右七筆の土地の所有権を失うに至ることはほぼ明らかであったから、E郎にとって極めて重要なことであったというべきところ、原審証人戊野I介の証言及び原審における原告E郎本人尋問の結果によると、被控訴人I介は、融資を受けられるとの卯波らからの話を受けて、本件合意契約書の作成に応じることにしたが、E郎に対しては、ただ「金を貸してくれる人がいるから」などとE郎所有地に抵当権を設定して融資を受けるにすぎない旨を述べ、右七筆の土地の所有権を移転する内容の契約に応じることを秘したまま、同人の実印及び印鑑証明書を預かって卯波の事務所に赴き、本件合意契約書を作成したものであることが認められるから、本件合意契約書の作成はE郎の授権に基づくものとはいい難い。
また、本件合意契約書と同じ作成日付でE郎名義の署名と実印による印影のある担保提供承諾書(乙第二号証)が作成されており、「右七筆の土地を控訴人ケイ・ワイ通商が金融機関及び他からの資金借入れの際の担保として提供することに同意する。」旨記載されているが、本件合意契約書と対照すると、これも右と同一の機会に被控訴人I介がE郎の授権に基づかないで作成したものである可能性が強い。
これらの契約書等の作成に関し、原審及び当審証人卯波S雄、当審証人辰口T郎の各供述並びに同人らの作成した乙第一九ないし第二一号証中には、E郎が当時被控訴人I介の負債を整理してやるために右各土地を処分して資金を作ることを初めからすべて承知していたようにいう部分があるが、E郎にそうした点の判断能力が十分なかったことは後記のとおりであるし、右両証人の供述は全般にわたって不自然かつあいまいなところが多く信用性にとぼしい。
したがって、被控訴人I介が本件合意契約書の作成に応じていることをもって、本件売買契約成立の認定根拠とすることはできない。
(二) 次に、本件売買契約書によると、契約成立時に手付金二〇〇万円、同年七月三〇日までに中間金七〇〇〇万円、同年八月二九日までに第一土地等四筆の土地の引渡及び所有権移転登記と同時に残金七八〇〇万円を支払うものとされているが、右売買代金が支払われたことを認めるに足りる証拠はない。
もっとも、「別紙契約書に基づく代金として」七〇〇〇万円を受領したことを認める旨の控訴人ケイ・ワイ通商宛てのE郎名義の同年七月二九日付け領収証(乙第一五号証の二)が提出されているところ、これについて、E郎自身が金額を記入して署名押印したことは被控訴人らの認めるところである。また、同年六月一三日から同年九月一八日までの間にE郎に対して合計一億五〇〇〇万円余が交付された状況を記載した卯波作成のメモ(乙第一二号証)が提出されている。
しかしながら、甲第一ないし第四号証、第一七号証の一ないし七、戊第一号証、原審証人戊野I介、原審及び当審証人卯波S雄、当審証人辰口T郎の各証言並びに原審における原告E郎及び当審における被控訴人戊野I介の各本人尋問の結果によると、(1) 被控訴人I介は、同年七月下旬ころ、辰口から必要資金の融資を得られることになった旨の連絡を受け、同月二九日、同被控訴人I介の指示によりE郎が、辰口とともに巳上U介司法書士事務所に融資金の受領に赴いたこと、(2) E郎は、同日、同事務所において、控訴人ケイ・ワイ通商の紹介により融資をすることになった控訴人大倉から七〇〇〇万円を借り受け、右債務を担保するため第一土地等四筆の土地に抵当権を設定したこと、(3) 前記乙第一五号証の二の領収証は、同日同司法書士事務所において右七〇〇〇万円の授受について作成されたものであり、七〇〇〇万円は、前記神楽商会に対する元本四〇〇〇万円の抵当債務及び有限会社須賀田を通じて松戸信用金庫から借りた元本二五〇〇万円の抵当債務の返済に当てられ、残金は同年八月中旬ころに卯波から被控訴人I介に交付されたこと、(4) 控訴人大倉のための右抵当権設定登記、神楽商会及び松戸信用金庫の抵当権の各抹消登記の申請については、同日同司法書士に委任され、同月三〇日各登記がされたこと、(5) 控訴人大倉の右抵当権は、その後実行され、第一土地を除く三筆の土地が約二億四〇〇〇万円で競売され、債権回収がなされたこと、以上の各事実が認められるところ、右認定事実によると、右領収証は、控訴人大倉からの七〇〇〇万円の貸金を受領したことについて作成されたものであって、第一土地等四筆の土地の売買代金の受領について作成されたものでないことは明らかであり、それにもかかわらず、右領収証が控訴人ケイ・ワイ通商宛ての本件売買代金の受領を証する記載となっており、しかもこれについて同控訴人が同年八月五日付けで確定日付までとっていることは、卯波らによって何らかの工作が加えられたことを推認させるものというべきである。
また、右卯波作成のメモは、一枚の用紙に金員を交付した日時、場所、金員交付の目的等をまとめて記載したものであって、その都度記入したというものではなく、また、卯波が被控訴人I介のために第三者に支払ったとされているものも含まれているが、個々の授受については領収証等の裏付けがない(ただし、うち二回の授受については、領収証が提出されている。しかし、一通(乙第一五号証の二)は、右のとおり控訴人大倉からの貸金についてのものであり、他の一通(乙第一三号証)は、昭和五五年八月一四日に一〇〇〇万円を受領したことを証するE郎作成名義のものであるが、その内容は「借入金八〇〇〇万円の残金として」と記載されていて売買代金の領収証とはなっていないし、これをE郎が作成したと認めるに足りる確証もない。)。右メモの記載内容をみても、控訴人大倉からの右七〇〇〇万円の貸金が計上されていたり、前記認定のとおり右七〇〇〇万円の中から返済された松戸信用金庫に対する債務の弁済資金として七〇〇〇万円とは別個に二五〇〇万円が授受されたことを示す記載がなされていたりする(この点について、当審証人卯波S雄は、同年七月二九日に右二五〇〇万円は松戸信用金庫本店から保証小切手を振り出してもらって用意したものであり、その裏付けは容易である旨供述し、当審証人辰口T郎もこれに沿う供述をするけれども、結局、それに関する証拠は何も提出されなかったものであり、右各供述はたやすく採用できない。)など不当なものとなっており、作成者である卯波の供述のあいまいさと相まって、右メモの記載内容は到底信用することができない。
以上のとおり、控訴人ケイ・ワイ通商からE郎に対し本件売買代金と目される金員が支払われたとは認められないのであり、大きな代金額の売買契約としては極めて不自然であり、本件売買契約の成立が強く疑われる。
(三) 更に、昭和五五年九月五日第一土地等四筆の土地並びに一九八番一六及び同番一七の合計六筆の土地について寅葉司法書士に対してなされた移転登記申請の委任は、E郎の意思に基づきなされたものとは認め難い。
すなわち、≪証拠≫並びに弁論の全趣旨によると、(1) E郎は、かねてより農業に従事してきたものであり、昭和五五年当時は七八歳の高齢であるうえ、耳が不自由で文字もほとんど読めない状況にあり、物事に対する判断能力及び記憶力ともに通常人に比べかなり劣っており、十分に事情を理解しないまま家族や知人の指示に従って行動するようなこともあり、前記のとおり同年七月二九日に巳上司法書士事務所に赴いた際には、宛名等を確認しないまま前記領収証に署名押印し、神楽商会及び松戸信用金庫に対する抵当債務を支払った後の残金も受け取らずに帰宅するなどしており、それ以外にも控訴人I介又は辰口らの説明を受けて、同人らに対し、不用意に、自己所有の不動産についての権利証、実印、印鑑証明書、委任状等を預けたりしていたこと(E郎は、原審において原告本人として供述しているところ、同供述は、とりわけ日時の記憶が著しくあいまいで、前後を混同している部分も少なくなく、その評価に当たっては慎重な吟味が必要である。)、(2) 巳上司法書士は、前記控訴人大倉のための抵当権設定登記申請をする以前から、幾度かE郎所有土地の売買についての所有権移転登記申請をしており、E郎が耳が不自由で文字もほとんど読めないことを知っていたところ、同年八月ころ、不動産取引関係者や事件屋とおぼしき者達が同司法書士事務所を訪ね、E郎所有の不動産に関して問い合わせたり、中にはE郎の白紙委任状や印鑑証明書を所持していた者がいたことから、不正に登記がなされることを危惧して、一時的にE郎から実印を預かったことがあったこと、(3) 同司法書士は、同月後半に至り、卯波及び辰口から、第一土地、一九八番一、同番一六及び同番一七の合計四筆の土地について、同月二一日売買を原因とする控訴人ケイ・ワイ通商への所有権移転登記の申請の委任を受け、更に控訴人乙川及び控訴人組合から、控訴人ケイ・ワイ通商から控訴人乙川への所有権移転登記及び控訴人組合のための根抵当権設定登記の申請の委任を受け、同月二九日には、卯波、辰口、控訴人乙川、同控訴人の協力者である午下、控訴人組合の関係者である申V作らが同司法書士事務所に集まり、右各登記に必要な書類が用意され、控訴人ケイ・ワイ通商から登記申請の概算費用として二〇〇万円が同司法書士に預けられたが、同司法書士は、E郎の意思を確認したうえで登記申請をする必要があると考え、辰口に対し、自らが予定していた老人会の旅行の出発日の前日である同年九月二日正午までにE郎を同行してくるように伝え、E郎の意思が確認できるまでは右各登記申請を保留するつもりであったこと(なお、控訴人らは、巳上司法書士が右各登記申請を保留したのは、目的土地について地目変更登記の申請中で、いまだその登記が完了していなかったためである旨主張し、同年八月二九日に同司法書士が控訴人乙川及び控訴人組合に対して交付した根抵当権設定登記の必要書類に関する預かり証(丙第一一号証)中には「但し、地目変更登記申請中には提出できませんので申し添えます。」との記載があるけれども、同司法書士が右記載のような預かり証を発行して登記申請手続を保留しつつ、他方でE郎の意思確認をしようとすることは何ら矛盾するものではない。)、(4) ところで、前記控訴人大倉に対する七〇〇〇万円の債務の弁済期限である同年八月末日ころ、同控訴人からE郎方に弁済を求める強い催告がなされ、その状況から、弁済しなければ抵当権を設定した第一土地等四筆の土地の所有権を失いかねないことを心配した被控訴人I介らが、E郎の三女G江にその旨連絡し、G江が他の兄弟姉妹の同意を得てその債務返済の解決に当たることになったこと、(5) 辰口及び卯波は、同年九月三日ころ、G江に対し、控訴人大倉がE郎名義の白紙委任状及び印鑑登録証明書等を所持しており、これを悪用して所有権移転登記をしてしまうおそれがあるので、先に形式的に登記名義を他に移して控訴人大倉の企みを防止する必要がある旨述べ、これを信用したG江を利用して、巳上司法書士方で保留されていた控訴人ケイ・ワイ通商への所有権移転登記を別の司法書士に頼んで実行することとしたこと、(6) 右登記申請は、G江の知人である寅葉司法書士に委任することとなり、同月五日に卯波、辰口、G江及びE郎が同司法書士事務所に集まり、G江に指示されるままE郎が同司法書士への委任状(甲第一三号証の二)に署名押印し、保証書による移転登記申請がなされたが、その対象物件は、本件売買契約書上の目的物件である第一土地等四筆の土地のほかに、一九八番一六、同番一七の二筆が付加されていたこと、(7) 当時、E郎は、便宜上住民票上の住所を四女の庚崎H子方としていたため、右登記申請を受理した千葉地方法務局流山出張所からの移転登記申請についての照会書が、同女方のE郎宛てに那送されてくることになったが、卯波及び辰口は、急ぎ右照会書を受け取り、右移転登記を完了させようと考え、同月六日朝、辰口がG江及びE郎を同行して流山郵便局に赴き、右照会書の交付を要求したところ、これを拒絶されたため、やむなく辰口とG江が、E郎を自宅に帰らせたうえ、庚崎H子方に急行して同所で待機し、配達された右照会書を受け取り、事情を知らない右H子に照会書回答欄(甲第一三号証の九)のE郎の住所氏名を記入させ、G江がE郎から預かっていた実印を押して完成させ、辰口がこれを寅葉司法書士に届けたこと(なお、その直後、右照会書のE郎の住所の記載に誤りがあったことが判明し、辰口が直ちに庚崎方に引き返しH子に訂正をさせている。)、(8) 控訴人大倉の代表者である丙谷は、同日朝、寅葉司法書士方に押し掛け、荒々しい口調で右照会書の引渡を要求するなどし、第一土地を含む前記六筆の土地につき控訴人ケイ・ワイ通商への移転登記等が経由された後の同月一〇日ころには、丙谷の娘婿にあたる未山が、控訴人大倉の関連会社である秋葉興業の関係者を多数引き連れてE郎所有地に乗り込み、同土地を買い受けたと称して、勝手にブルドーザー等の機械を使用して整地するなどし、また、同月一二日ころ、午下が未山に会い、控訴人大倉の前記抵当権設定登記の抹消を要求した際にも、未山は、第一土地等は控訴人大倉の方で買う予定であった旨を述べ、右要求を拒絶したこと、(9) その後、G江は、控訴人I介らから、第一土地を含む右六筆の土地について控訴人ケイ・ワイ通商へ所有権移転登記がなされた経緯を追及された際、ただ、すぐ返してもらえるから心配ないと答えるのみであったこと、以上の各事実が認められ、右認定に反する原審証人戊野G江、原審及び当審証人卯波S雄、当審証人辰口T郎の各供述部分は採用できない。
右認定事実によると、同年九月五日に右六筆の土地について寅葉司法書士に対してなされた控訴人ケイ・ワイ通商への所有権移転登記申請の委任は、卯波らの言葉により第一土地等を控訴人大倉に不正に取得されるのを防ぐには一時控訴人ケイ・ワイ通商名義に形式的に移転登記するほかないと信じたG江が、事情を十分に理解できないE郎を同司法書士事務所に同行したうえ、同人に指示して移転登記の委任状に署名押印させたものであり、同司法書士においても、三女のG江が同行していたために、E郎の右署名押印をそのまま同人の意思に基づく行為と受け取り、登記申請をしたものと認めるのが相当であるから、右委任状による右移転登記申請はE郎の意思に基づくものであったとは認め難いものというべきである。
(四) 加えて、本件売買契約書については、次のような疑問が否定できない。
まず、本件売買契約書の作成の際の状況が具体的にはほとんど明らかにされていない。この点に関する原審及び当審証人卯波S雄、当審証人辰口T郎の各供述は、E郎自身が作成に応じたものである旨の結論を述べるのみで、作成に至る経過や作成が行われた場所等については具体的な供述がなく、到底心証を惹くに足りない。
次に、E郎と控訴人ケイ・ワイ通商との間には、本件売買契約書のほか、E郎名義の署名と三文判による印影のある同年五月二日付けの「E郎所有の不動産を担保に供して控訴人ケイ・ワイ通商が金融機関から借り入れる金員のうち、E郎が既存の抵当債務を弁済するに必要な金額及びE郎が自己使用する相当額を、E郎が同控訴人から借り入れる。」旨の覚書(乙第三号証)、前記のE郎名義の署名と実印による印影のある同年五月一六日付けの本件合意契約書(甲第一二号証)及び担保提供承諾書(乙第二号証)、E郎代理人としての酉谷W平(同人に対するE郎名義の署名及び実印による印影のある委任状が甲第二〇号証の一)が控訴人ケイ・ワイ通商及び東北興産株式会社との間で作成した同年七月二二日付けの「E郎が右二名との同月二一日の契約により右二名及びその指定する第三者に第一土地等四筆の土地並びに二〇一番二の五筆の土地を提供し、同人らがこれにつき譲渡担保、抵当権等の処分をすることを承諾する。」旨の担保提供等契約公正証書(乙第一号証)、E郎名義の署名と実印による印影のある同年七月二九日付けの「控訴人ケイ・ワイ通商に対し、第一土地を含む右五筆を代金八〇〇〇万円で売り渡す。」旨の不動産売買契約書(同年八月五日付けの確定日付がある。乙第一五号証の一)、それに付属するE郎名義の署名と実印による印影のある同年七月二九日付け不動産売渡承諾書(右同様の確定日付がある。乙第一六号証)及び土地引渡書(右同様の確定日付がある。乙第一七号証)等が存在し、証拠として提出されている。
これによってみると、E郎の土地については、まず五月二日と同月一六日に担保提供の書類が作成され、すぐ続いて同月二〇日に本件売買契約に変わり、更に七月二一日に再び担保提供に戻り、数日後の同月二九日には三転して売買の合意をしたという極めて異常な動きがあったことになる。そして、そのそれぞれについて入念に書類が作成されているのである。なにゆえにこのような経過をたどったかについて、原審及び当審証人卯波S雄の供述するところは全く理解し難いというほかないものであり、他に何らかの相応の理由があったことも明らかにされていない。のみならず、本件売買契約書と右乙第一五号証の一の同年七月二九日付け売買契約書を対比すると、前者の代金が一億五〇〇〇万円であるのに後者の代金が八〇〇〇万円と大きく異なっており(右証人卯波及び辰口は、この点につき、既に七〇〇〇万円がE郎に支払われていたので、売買による譲渡所得税の課税のことを考えて改めて後者の売買契約書が作成された旨供述するけれども、前記認定のとおりE郎が受領した七〇〇〇万円は控訴人大倉からの貸金であるから、右供述は右事実に反するものであって採用できない。)、後者の対象物件には二〇一番二の土地が付加されているのであり、また、移転登記申請については、前記認定のとおり、いったん巳上司法書士に委任されながら、その一週間後に寅葉司法書士に委任されているところ、巳上司法書士への委任(甲第二六号証の一、二)は、同年八月二一日売買を原因とする第一土地並びに一九八番一、同番一六及び同番一七の四筆の土地についてなされたのに対し、寅葉司法書士に対する委任(甲第一三号証の一、二)は、同年五月二〇日売買を原因とする第一土地等四筆の土地並びに一九八番一六及び同番一七の土地についてなされているのであり、そのいずれもが第一土地等四筆の土地を売買の目的とする本件売買契約書とは対応しないものとなっている。
こうした一連の事情は、本件売買契約書の作成をも含めて、本件につき何らかの作為ないし不正が行われたことを疑わせるものというべきである。
そして、乙第一八号証、原審証人戊野I介、同戊野G江、当審証人卯波S雄の各証言、原審における原告E郎本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、E郎又は被控訴人I介は、卯波及び辰口らに指示されるまま、E郎の数通の白紙委任状及び印鑑登録証明書を卯波らに交付したことがあったこと、同年九月ころ、卯波の意向により、E郎が本件売買契約を債務不履行によって解除し、その登記手続を三女G江に委任する旨のE郎名義の虚偽の委任状(乙第一八号証)が作成されたりしており、卯波による種々の工作を推測させるものがあることが認められ、これらの事実や既に認定した事実にかんがみると、本件売買契約を締結した趣旨の前記E郎名義の各書類は、E郎の真正な意思に基づかずに卯波若しくは辰口又は同人らの意を受けた者らによって作成された疑いが濃厚といわざるを得ない。
3 以上のとおり、本件売買契約成立の事実は認められず、抗弁1(一)は理由がない。
三 次に、抗弁1(二)(本件譲渡担保契約に基づく所有権の移転)について検討する。
1 本件譲渡担保契約の成立の主張に沿う本件合意契約書(甲第二一号証)及び同年五月一六日付け担保提供承諾書(乙第二号証)が提出されており、前記のとおり、右書面は、被控訴人I介がE郎名義をもって作成したもの又はその可能性のあるものと認められるけれども、いずれもE郎の授権に基づき作成されたものとはいい難く、したがって、右書証から本件譲渡担保契約の成立を認めることはできない。また、前記同年七月二二日付けの担保提供等契約公正証書(乙第一号証)も存在するが、これが作成された経過は証拠上明らかでなく、その作成に当たり使用されたE郎名義の委任状(甲第二〇号証の一)は、前記のとおり、卯波らによって作成された疑いが否定できないものであり、他に本件譲渡担保契約の成立を認めるに足りる証拠はない。
2 貸金の交付の点についても、前記のとおり、控訴人ケイ・ワイ通商からE郎又は被控訴人I介に貸金が交付されたことを認めるに足りる証拠はない。
3 したがって、いずれにしても右抗弁は理由がない。
四 抗弁1(三)(本人の地位の相続と無権代理行為の効力)について検討する。
1 前記のとおり、本件売買契約については、その成立の事実が認められないのみならず、被控訴人I介の関与も認められないところであり、無権代理行為自体が成立しない。
2 次に、本件譲渡担保契約については、前記のとおり、被控訴人I介が本件合意契約書及び同年五月一六日付けの担保提供承諾書の作成に応じているところであり、無権代理行為が成立すると考える余地はある。
しかしながら、本件譲渡担保契約が被控訴人I介の無権代理行為であるとしても、被控訴人I介は、他の被控訴人らと共同でE郎を相続したものであるから、被控訴人I介が単独でした右無権代理行為がE郎の死亡により当然に有効になるものではないと解される(なお、相続により被控訴人I介が取得する共有持分の限度で有効になると考えることも相当でない。共同相続の場合、無権代理行為を追認するか、追認を拒絶するかの権利は相続人全員の準共有に属するが、この権利は、共有持分の割合に応じて分割して行使できる性質のものとはいい難く、民法二六四条、二五一条により相続人全員の同意に基づき一つの権利として行使されるべきものと解するのが相当であり、かつ、無権代理人以外の共同相続人の立場を考慮すると、そのように行使すべきものとすることが信義則に反するともいえない。また、無権代理行為を相続持分に応じて分割しその一部を無効とすることは、他の共同相続人の利益を損なうおそれがあるうえ、法律関係を複雑にする。これらのことを考えあわせると、共同相続人の一部に無権代理人がいる場合に、相続によって当然に、無権代理人の共有持分に限り無権代理行為が有効になると解すべきではない。)。
3 以上のとおりであって、右抗弁も理由がない。
五 抗弁2(民法九四条二項若しくは一一〇条の適用又は類推適用による控訴人乙川の所有権取得)について
1 同(一)について検討するに、前記二で説示したところに照らすと、E郎が控訴人ケイ・ワイ通商に対し、第一土地等の四筆の土地並びに一九八番一六及び同番一七の合計六筆の土地について同控訴人への所有権移転登記を経由することを許諾した事実は認め難いから、その余の点について判断するまでもなく、同抗弁は理由がない。
2 同(二)について検討するに、控訴人ケイ・ワイ通商がE郎の使者又は代理人として控訴人乙川に右六筆の土地を売り渡す意思表示をした事実を認めるに足りる証拠はなく、かえって丙第二、第三号証によると、同年八月二九日、控訴人ケイ・ワイ通商自身が売主となり、控訴人乙川に右六筆の土地を代金二億円で売り渡す契約を締結していることが認められ、右六筆の土地についての所有権移転登記も控訴人ケイ・ワイ通商から控訴人乙川になされていることは前記のとおりである。
したがって、その余の点について判断するまでもなく、同抗弁は理由がない。
3 同(三)の民法九四条二項又は一一〇条を類推適用すべきであるとする控訴人乙川及び控訴人組合の主張は、前記認定の事実関係の下では採用の限りでない。
六 以上のとおり、控訴人らの抗弁はいずれも理由がないので、第一土地についての被控訴人らの控訴人ケイ・ワイ通商、控訴人乙川及び控訴人組合に対する各請求は理由がある。
第三第三土地関係(控訴人大倉関係)
一 請求原因3(一)及び(二)並びに4の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二 そこで、抗弁3について検討するに、同(一)の主張に沿うE郎の実印による印影のある抵当権設定金銭消費貸借契約書(丁第一号証)が提出されている。
ところで、原審証人戊野I介は、右契約書の作成について、前記のとおり、同年五月一六日ころ、卯波の事務所に赴き、本件合意契約書を作成した際に、何通かの白紙にE郎の署名をし、実印を押捺して、これを卯波に交付したことがあり、右契約書は、その署名印影を利用して偽造されたものである旨供述する。右契約書は、五枚からなるものであって、契印も押され、冒頭に貼付された印紙との契印もある状況からして、被控訴人I介が全くの白紙に署名押印したものとは認め難いけれども、右契約書の内容は、秋葉興業が原審被告江北商事から借り受けた九〇〇〇万円の貸金返済債務について、E郎がこれを連帯保証し、第二土地について抵当権を設定するというものであり、しかも、E郎と秋葉興業との間に右のような保証をしなければならないような事情があったことを認めるに足りる証拠はないから、右契約書がE郎の意思に基づいて作成されたものとは到底認め難く、かえって、被控訴人I介がE郎の署名押印をした後に契約内容が補充されて完成された疑いが濃厚といわなければならない。
他に右抵当権設定契約成立の事実を認めるに足りる証拠はない。
そうすると、同(二)の事実について判断するまでもなく、抗弁3は理由がない。
第四結論
以上のとおり、被控訴人らの控訴人らに対する請求はいずれも理由があり、これを認容した原判決は相当であって、本件各控訴は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐藤繁 裁判官 岩井俊 坂井満)